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大塚国際美術館 陶板製作レポート

もうひとつのスクロヴェーニ礼拝堂 <前編>

2020/12/21



 大塚国際美術館は、世界中の西洋名画をオリジナルと同じ大きさで陶板に置き換え展示した、「陶板名画美術館」です。その数1 0 8 7 点( 2 0 2 0 年1 2 月現在) 。

 展示方法もユニークで、特に作品そのものだけではなく建造物までも同じスケールで再現する「環境展示」は、まるでその場にいるかのような臨場感を私たちに与えてくれます。現在では展示以外にも活用の幅が広がり、環境展示の空間でコンサートや歌舞伎さらには将棋の王将戦などを行い、空間全体を多目的な面から利用できることからも大きな評価をいただいております。

 その中の一つ「スクロヴェーニ礼拝堂」は、大塚国際美術館の作品の中でも最多の現地調査を行い、綿密で多岐にわたる調査を経て「もうひとつのスクロヴェーニ礼拝堂」を作り上げました。

 製作当時は1992年。今のようにインターネットからすぐに情報を入手できる時代ではなく、通信手段は電話やFAXから、作品の情報収集は監修された先生方のご意見や図録からでした。どのようにしてこのスケールの壁画を含む建築空間を作り上げたのでしょうか。大塚国際美術館開館から20年あまり、美術館創設の記録として残すため、大塚オーミ陶業の目線から本レポートを書き記しました。
 前編では、現地調査での出来事を中心にご紹介します。



 

 

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《スクロヴェーニ礼拝堂壁画》
1304-05 年
フレスコ壁画
間口841× 奥行2090× 高1265cm
スクロヴェーニ礼拝堂、パドヴァ、イタリア

 スクロヴェーニ礼拝堂はイタリア北部の都市パドヴァの市立美術館敷地内にあり、1303 年にエンリコ・スクロヴェーニによって建てられました。彼の父は高利貸しで財産を築いた人物であり、ダンテの『神曲』「地獄篇」内に出てくる高利貸しのモデルになるほどの人物。
 
しかし、当時そのように財を成すのは死後地獄に落ちるほどキリスト教的には重大な罪の一つであり、父の贖罪と自身の免罪の意味を込めて建てられたと言われています。礼拝堂内壁画はジョット・ディ・ボンドーネ作(1267 頃-1333 年)。彼はそれまでのビザンティン美術には見られなかった人物/人体表現の豊かさや三次元的な空間表現を取り入れ、「聖母マリアの生涯」「キリストの生涯」「最後の審判」のシーンを生き生きと描きました。

(参考:「大塚国際美術館西洋絵画300 選」、有光出版社、1998 年)





​■礼拝堂との対面と衝撃の連続

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 ヴェネチアから西へ車で約1 時間、パドヴァは古くから文化と経済の中心地でした。13世紀~14世紀は最も栄えた時期で、1222年にはイタリアで2番目に古いパドヴァ大学の設立、1306年には当時裁判所として使用されたラジョーネ宮の建設もありました。それらと同時期に建てられたのがスクロヴェーニ礼拝堂です。

 大塚国際美術館の作品選定委員の先生方により、パドヴァの市立美術館内にあるスクロヴェーニ礼拝堂が選出され、私たちは調査の準備に取り掛かります。

 初めて足を踏み入れたのは199292日のこと。当時の弊社工場長と2名のレタッチ担当者、大塚国際美術館設計の坂倉建築研究所スタッフ1名が全体像を把握する目的で見学・調査を行いました。

 壁画に対面した瞬間衝撃の連続。目に飛び込んでくるジョットならではの鮮やかなブルーとフレスコ画特有の漆喰の質感は壮観で、深い感動を覚えたのを今でもはっきりと覚えています。しかし、壁画のすばらしさに浸るのは束の間。陶板でフレスコの質感を表現し、さらにこの色が再現できるのか、天井や窓枠部分の曲線はどんな方法で作るのかこの礼拝堂の空間をどのようにして作り上げていくのかで頭の中はいっぱいでした。すぐさま美術館内で販売されているポストカードや図録を購入し、壁画と見比べて色や画の詳細を確認していきました。




 


■12 メートルの足場


 パドヴァのみならずイタリアは文化財に対する意識が非常に高いため、国を挙げて文化財保護に気を遣っています。私たちの活動に対しても大変協力的で1992年11月に行われた最初の現地調査では、なんと高さ12メートルの足場を2基も組んで、1年間もの調査を許可していただきました。そこには市立美術館はじめ、パドヴァ市、パドヴァ大学など多くの方々の多大なご支援があります。【写真1】
 

  • ▲【写真1】礼拝堂で調査の打合せをする様子。 右から 長塚安司教授(中世選定委員) 、ジョバンニ・ゴリーニ教授( パドヴァ大学教授) 、ジャンフランコ・マルティーノ氏( 市立美術館館長)、パドヴァ市役所副市長、ミケランジェロ・ピアチェンティーニ氏( コーディネーター) 



■歴史の痕跡


 初回の調査では、壁画の詳細な調査・製作用資料写真撮影・聖堂の建築的計測・陶板製作用ポジフィルム撮影発注が目的。

 2日間にわたる調査では、日中は壁画調査やポジフィルム撮影条件の打合せ、閉館後は資料写真の撮影が行われました。高い足場からの調査は新たな発見に繋がります。【写真2】

 

  • ▲【写真2】礼拝堂に建てられた高さ12 メートルの足場。 
  • 壁画と同じ目線に立つことで詳細な調査ができた。 


 例えば、キリストが十字架を担ぎゴルゴダの丘へ進む姿が描かれている「十字架の道行」シーンに目を向けると、四隅には鋲で打ち付けた跡があります。

 これは第二次世界大戦下において、パドヴァの街が空爆を受けた際にこの壁画を取り外して避難させたためにできたものでした。しかし大塚国際美術館の陶板にはその跡がありません。【写真3】

 

  • 【写真3】上:壁画の「十字架の道行」 
  • 【写真3】下:大塚国際美術館陶板 壁画の「十字架の道行」の四隅には鋲で打ち付けた跡があるが、大塚国際美術館の陶板にはその跡がない。 


 製作当時はこの歴史的背景を知らず、監修の先生との相談の結果、全体のバランスからもこの跡は残さないと判断しました。今となるとこの歴史の痕跡も再現することが適していたのかもしれません。また、色調に注目すると、「十字架の道行」は他シーンと比べて薄いことが分かります。

 これは壁画を取り外した際に漆喰の水分蒸発が原因で彩度が落ちたためです。この色調の違いは陶板で再現されていますので、是非美術館でご確認ください。

 

 礼拝堂入口の「最後の審判」に描かれたキリストや聖人たちの光輪は、平面的なものと5~6㎜ほど盛り上げられているものの2種類がありました。

 思いがけない出来事に私たちは、持参した印刷物と壁画を照らし合わせながら、どの聖人の光輪がどの程度盛り上がっているのかを一つ一つ確認し、帰国後の製作に役立てました。【写真4】もし高所での調査がなければ、大塚国際美術館の光輪は平らだったかもしれません。

 

  • ▲【写真4】「最後の審判」に描かれる中央のキリストや周りを囲む聖人たちの光輪を一つずつ確認。印刷物に赤丸を付けて立体的な部分を 確かめた。 

 


建築的調査とポジの入手

 環境展示の調査は壁画のみにとどまりません。歴史的・建築的な見地から床・天井・扉・窓枠を調査することも必須です。特に窓枠周辺はディティールをスケッチに描き起こして構造を確認し、目地割の参考にしました。【写真5】現地で集めた資料をもとに、精巧な模型も製作し、建築的再現も同時に進めていきました。
 

  • ▲【写真5】大塚国際美術館設計者のスケッチ。  建築構造を確認し、再現に役立てた。 



 壁画を原寸大で陶板に焼き付けるためには、鮮明なポジフィルムの入手が必要不可欠です。礼拝堂の撮影は市立美術館の写真家フィンカート氏が最適だと判断し、彼に依頼。【写真6】以下の指示で撮影を行うことを決めました。

<撮影指示>
・すべてのカットは壁面に対して一定の距離を取り平行に撮影。
 照明をムラなく均等に当てる。
・カメラの露出を替え1カットにつき数枚撮影。
・弊社指示のもと、上下左右ダブりを含めたカットとする。

<撮影枚数>
・5×7インチ(12×18cm)の大判ポジフィルムで220カット



 

  • ▲【写真6】左から フィンカート氏( 市立美術館写真家)、ミケランジェロ・ピアチェンティーニ氏( コーディネーター)、ジャンフランコ・マルティーノ氏( 市立美術館館長)、野口潔氏(坂倉建築研究所) 



 鮮明なポジフィルムの入手とともに、試作品製作に取り掛かります。現地調査で得た情報を書き起こした資料や写真をもとに、色・形・質感・大きさを再現。その間にも数回の現地調査を経て、試行錯誤や失敗を繰り返しながら完成させました。次は試作品の了承を得て、本製作に移ることが私たちの課題です。

 

 

「もうひとつのスクロヴェーニ礼拝堂 後編」に続く

▶︎PDF:もうひとつのスクロヴェーニ礼拝堂 <前編>(1.3MB)

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