「やきもの」のある空間 - 第3回 -
陶板(toban) × 学校《特別編》
玉川学園は創設者 ・小原國芳氏が「ゆめの学校」を実現するために1929年に創設した学校で、調和のとれた人格形成を目指し独自の教育活動やキャンパス整備を展開されています。
本レポートでは、約20年にわたり陶板をキャンパス整備に活用していただいている玉川学園の教区理念実践に向けた取り組みを紹介します。
第3部では、玉川学園理事長 小原芳明氏と弊社代表取締役社長 大杉栄嗣が「玉川学園が目指す教育について」「これからの時代における企業の教育に対する考え方」など「今後の教育のあり方」をテーマに対談した内容をレポートします。
■絵に込められたメッセージを読み解く 現代のアートの役割とは
玉川学園理事長 小原芳明氏(以下、小原氏):
学内に陶板をどれくらい設置していただきましたか?
大塚オーミ陶業株式会社代表取締役社長 大杉栄嗣(以下、大杉):
陶板名画は13枚、その他にも大小様々に。校内だけでサイン板なども含めると約20箇所に設置いただいています。
2004年に小原國芳先生(玉川学園創立者)の書かれた書の記念品を作らせてもらったのが初めての作品ですね。
それからもう20年近く経ちました。
小原氏:
それが最初ですか。
大杉:
その後2006年に学園内のK-12 中央校舎に「アテネの学校(学堂)」が設置されたのをきっかけに、本格的に陶板名画を採用いただきました。
小原氏:
その次に「聖体の論議」も作っていただきました。
そして今回STREAM Hall 2019に設置した「ヴァティカンの宗教裁判所に引き出されたガリレオ」の絵も以前から気になっていました。【写真1】
大杉:
長らく気になっていると仰っていましたよね。
当初お話をいただいた際には、先生がどのような思いを持ってこの絵を選ばれたのか分かりませんでした。
竣工された後、「新しい説や発見というものは初めは誰も信用もしないし、認めてもくれないかもしれない。かといって、その考えを簡単に曲げていては本当の真実には近づけない。ガリレオも天動説が信じられていた時代に地動説を発表し、宗教裁判で有罪判決を受けても自らの考えを曲げなかった。信じる意思の強さ、そういったものが次のとびらを開ける大きな原動力になるということを皆に伝えたい。」というお話を聞いて、なるほどと思いました。
小原氏:
こうして絵などを教室に飾る、絵に描かれたメッセージを伝えるということは、祖父(國芳氏)も望んでいましたし、父(哲郎氏)の代で実際に行っていたことなのです。当時の技術からすると本物の絵を飾るか、写真しかない。
でもそれでは耐久年数が短いですよね。大塚オーミの陶板は長持ちする、色落ちしない、年代が変わってもずっと残るという。
学校というところは、子どもが来る場所ですからいろいろな意味でモノが壊れてしまうことを想定しておく必要があります。それにも耐えられる。
大杉:
本当にご愛顧ありがとうございます。
小原氏:
絵には様々なメッセージが込められていて、欧米のビジネスマンは時間を見つけては美術館に通って絵を見ているという話を聞きました。
絵を見るにはいろいろな分野の知識がないと理解できない。分からないという事は、知識が足りないということで、彼らはそれを次の勉強のテーマにするそうです。
「1円でも多く利益を得ること」を考えているのではなく、もっと大きなテーマで物事を考えています。
大杉:
少し前の時代の経済の成り立ち、企業の在り方というのは先生の仰る通り「1円でも多く利益をあげること」が目的だとされていましたよね。特に1970年代。
でも今はそれが少し変わり、営利事業なので利益を出すのは当然だけれども、それが一義ではなく、どちらかというと社会的な課題解決にどれだけの役割を果たしていくのか、それが企業の存在意義だと言われるようになってきました。
小原氏:
今までの産業というのは機能を売りにしていましたよね。けれども、時代と共に良いものだから売れるとは限らなくなった。
モノを使うのは誰なのかというと人間ですよね。ではそれはどういう人たちなのか、何を求めて、どんな感情を持つのか。
そこまでしっかりと考えて、知って、彼らが求めるものを作る、いわゆるマーケットインという考え方に変わってきました。
人間が求めているものとは何かということを考えるなかで、自分とは、社会とは、生活とは何か、ということをも考えざるを得なくなってきたのですね。
絵や彫刻といった芸術作品は、その当時の人間が感じ、考えたことをカタチにしているものなので、それを見ながらいろいろ考えるところがあるのかなと。
大杉:
そうですね。絵画はその時代の思想などを写して記録するために描いている部分もあります。
その時代の人たちが何を考えていたか、人間の追求する真理のような漠然としたものを絵画の中に読み取れるような知識が見る側にもなければいけないということですね。
小原氏:
絵を描く側も、ただ単に綺麗だとか、自分が良い印象を受けたからということから離れて、世の中の人たちはどう考えているのか、どうあるべきなのかなど、哲学を知って描くような、メッセージを込めるようにもなってきています。
だからビジネスマンも、絵や音楽だけではない、哲学を含む広い意味での芸術・アートというものを考える時代になってきたのかなと思うのです。
■科学と芸術の融合 生徒たちの作品を陶板に
「Consilience Hall 2020」にて初の試み
2021年春に完成した「Consilience Hall 2020(※)」。その外壁にはK-12(いわゆる小学生~高校生)の生徒たちがデザインした作品を焼き付けた陶板が設置されています。
※Consilience Hall 2020
「Consilience Hall 2020」は、玉川学園独自のESTEAM教育(※)を核にした、科学技術と芸術を融合させる教育を展開する施設。農学部、工学部、芸術学部が一つの校舎で学び、学部間、学科間を横断する教育を推進する。Consilience=知の融合(統合)の意。
※ESTEAM教育
世界的学際的教育であるSTEAM教育(科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Arts)、数学(Mathematics)を総合的に教える教育)とコミュニケーションツールとしての英語(ELF:English as a Lingua Franca 英語を母国語としない人たちの共通語としての英語)を加えた、玉川学園独自の教育。
2021年1月18日に行われたConsilience Hall 2020竣功記念式典にて、数学者・秋山仁氏(東京理科大学特任副学長)による記念講演を聴講した6~12年生が、秋山氏が発見したという「四面体タイル定理(※)」を使ってデザインを考案。
同年5月27日に生徒たち自らプレゼンをしたデザインの選考会が行われ、7~12年生の13名から選ばれた3名のデザインが陶板として設置されることになりました。【写真2】
※四面体タイル定理
4つの正三角形からなる正四面体(三角錐)を切り開いて得られる展開図がどのような形であってもタイルのように敷き詰められる、という定理。
正四面体の適当な箇所に切り込みを入れ、4頂点をすべて通るように平面展開した展開図を組み合わせると、ジグソーパズルのように隙間なく敷き詰めることができる。
何故今回の「Consilience Hall 2020」は今までの陶板名画とは一転して、子どもたちが描いた絵を陶板にして設置することになったのでしょうか。その想いをお聞きしました。
大杉:
秋山先生の「四面体タイル定理」をテーマにしたデザイン選考会では子どもたちの素晴らしいプレゼンテーションを聞かせていただきました。
小原氏:
単なる作品として見るのではなく、プロセスを評価してほしいということで大学の芸術学部、工学部、農学部の各学部長に最終選考を依頼しました。
大杉:
皆さん上手に定理を自然や自分の生活の中に出てくるものなどと融合させて、デザインも非常にすごくよく考えており、プレゼンの技術も素晴らしいなと拝見していました。
小原氏:
やはりそういうチャンスが刺激になるのだろうなと思います。
あのカタチはそれぞれ子どもたちが考えて切ったのですが、一方では方程式に表せると聞きました。それは数学ですよね。そしてデザインはアート。
そのアートも方程式になるという、これは面白い現象だなというところから、あの正四面体のタイルを作ってどこかに飾ろう、そこに秋山氏に方程式を書いてもらったら面白いのではないかと考えました。
通常でしたら建物に合った名画を選定ということになるのですが、ESTEAM教育を象徴する絵はなかなかない。
下手したらまだ決まっていなかったかもしれない。
大杉:
それはちょっと困りますね。(笑)
小原氏:
数学と芸術の融合の象徴として今回の作品がある。
作品の線は3作品とも全部違いますよね。表現している内容も色も全て違う。でも共通しているのは一つの定理。
大杉:
その定理からの発想も、子どもたち皆全然違うところから持ってきていて、それが素晴らしいなと。
小原氏:
たぶん子どもたちも、それがカタチになると聞いて、張りが出たのではないかと思います。
ただ「良かったね」で終わる話だったならば、彼らもそんなには考えなかったのではないでしょうか。
カタチにして、それがどういうものかということもプレゼンして比べながら、選んでいったのだろうと思います。
陶板は残るでしょう。それを見た次の世代の子たちが対抗意識を持って、それの代わりになるものを考えてくれれば、それもまた面白い発展になっていきます。批評するなら代わりのものを出して、という場にもなりますしね。
大杉:
今回の陶板は、ESTEAM教育のアートの要素がカタチになるとこういう風になるのかという驚きとともに、未来を作る子どもたちから、さらに未来に向けたメッセージを込めたデザインということで、非常に創造性のあるものが出来たのではないでしょうか。
小原氏:
四面体タイル定理という授業を通して、K-12の生徒たちがデザインして大学生や社会に対して発信するということもそうですし、選考会の審査員を、デザインだから芸術学部ということではなく、大学の農学部、工学部、芸術学部の先生方がするということは、やはり玉川学園、玉川大学でしか出来ない教育だろうと思います。