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作家シリーズ

彫刻家・五十嵐威暢~つくることは、生きること~2020夏:果てのないモノがたり 【前編】

2020/08/28

1994年、ロサンゼルスに渡り、デザイナーから彫刻家へ転身した五十嵐威暢氏。
彫刻家として活動する中で、1999年、初めて土と対峙した場所。それが大塚オーミ陶業でした。
五十嵐氏と私たちが出会ってからの制作活動について、今から6年前にインタビューし、本ウェブサイトで制作レポートを公開させていただきました。
 

01であい
02しごと
03むかし いま みらい
 

6年前は、「みらい」であったことが「いま」となった2020年。
即興性を大切にした制作スタイルはそのままに、今回はどんな作品が生まれるのでしょうか?

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PLOFILE
1944年、北海道滝川市生まれ
1970年、東京で独立 デザイナーとして国内外で25年の活動
 
代表作に、ニューヨーク近代美術館のカレンダー、王子製紙、サントリーホール、多摩美術大学のロゴ、地場産業の技術を生かした一連のプロダクト、立体アルファベット他
 
1985年、ロサンゼルスと東京の二カ所を拠点とする
1994年、50才で彫刻家に転身
2005年、アメリカから帰国  三浦半島の秋谷に住居とアトリエを構え、現在は制作の日々
 
北海道新十津川町応援大使、アートチャレンジ太郎吉蔵名誉顧問、母校の多摩美術大学では学長を経て現在は名誉教授。
 
著書「あそぶ、つくる、くらすーデザイナーを辞めて彫刻家になった」(ラトルズ刊)では、海と山に恵まれた里山で楽しく制作する様子が写真と文章で綴られている _彫刻の代表作に、東京ミッドタウンの彫刻「予感の海へ」、滝川市一の坂西公園の彫刻「Dragon Spine」、赤坂Kタワーの彫刻「The mother earth」、札幌駅のJRタワーパセオ地下広場の「テルミヌスの森」など
自らの手で作ることにこだわり続け、公共空間などに数々の抽象彫刻を制作設置している
1989年勝見勝賞、2005年毎日デザイン賞特別賞受賞。
 
2011年、新十津川町によって改修された旧吉野小学校を自身のアトリエ兼ギャラリー「かぜのび」としてオープンし、木、テラコッタ、金属、石、ステンドグラスなど、様々な素材を用いて数多くのパブリックアートとしての作品を制作。
 
http://www.takenobuigarashi.jp
instagram▶ @takenobu_igarashi



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■はじめに

「今回の作品は特別なものになる予感がする」

五十嵐氏からの一本の電話。
この“特別”という言葉にはどんな意味が含まれるのか…
大きな期待と少しの不安が混ざった複雑な思いを胸に、2020年7月7日の七夕の日、五十嵐氏の作品制作に立ち会うため信楽工場へ向かいました。

今回の作品は、学校法人桃山学院の昭和町キャンパス「聖テモテ館」のエントランスロビーに設置されるもの。

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これまで、弊社が制作に関わらせていただいた五十嵐氏の作品は、氏の出身地である北海道や、東京都内が多く、意外にも初の関西地方での設置となります。

桃山学院大学は、「キリスト教精神に基づく世界の市民の養成」を建学の精神とし、創立から100年以上、大学設立から半世紀以上の歴史があり、新しい時代の流れにも変化をいとわずにチャレンジする自由な校風の大学です。
聖テモテ館の4~9階に開設する「あべのBDL(ビジネスデザインラボ)」では、企画・提案力や人とのコミュニケーション能力など、これからの時代に求められる人材育成を目指した新しい学科、ビジネスデザイン学科の学生たちが学びます。
未来ある若者たちが集う場に、五十嵐氏は、どんな作品を創り出すのでしょうか。



■「環」をつくる
1.序章
制作開始日の前日、信楽工場にはすでに弊社スタッフの手で円形に並べられた粘土の塊が用意されていました。

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五十嵐氏は早速その上に、じゃらじゃらっと無造作に無数の小さな物体をちりばめていきます。
近づいてみると、木片やピスタチオの殻、ペンやカミソリなどの日用品から、プラスチック製の何の部品かわからないようなものまで。
これは、五十嵐氏が半年間かかって集めたもの。

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まだ、制作は始まっていないにもかかわらず、五十嵐氏の生活の断片を垣間見るようなガラクタたちが置かれた姿は、既にひとつの作品のような格好良さです。

今回は、大きな粘土の塊をダイナミックに削ったり叩いたり、力任せの制作をするのではなく、小さな道具を使い、小さな力で大胆に、しかし、優しく削るといった新しい方針に挑戦するとのこと。
明日からの制作に笑顔を見せる五十嵐氏が印象的でした。


作品のタイトルは「環」。
五十嵐氏は、これからいろいろな経験をする若い人たちに、この作品からエールを受け取ってほしいと語ります。




2.失敗は神様からの贈り物 ―“やり直しをしない”制作スタイル
 
制作の日。
「ピスタチオの殻がしっとりしちゃった。」
見ると、昨日のうちに土の塊の上に置いたピスタチオの殻が、土の水分を吸ってやわらかくなっていました。
そんな小さなハプニングも五十嵐氏にとっては、制作の一部。
「失敗は全部、神様からの贈り物」
お決まりの言葉が脳裏に浮かびます。“やり直しをしない”というのが五十嵐氏の制作スタイル。
これは、氏が初めて信楽工場で土の作品を制作したときに編み出した方法論で、20年以上このスタイルで制作されています。
 
思えば、今回の「環」は、人生をイメージする作品。
人生は、一度きり。はじめからやり直すことはできない。
“やり直しをしない”その制作スタイル自体が今回の作品には大きな意味を持って現れてくる…失敗しても大丈夫、なんとかなるよ、そんなメッセージを感じ取ります。
 
まず初めに、小さなガラクタを上から叩き、型をつけた後、ピンセットで取り出す作業。

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「なんだか発掘作業みたいだね。」
「いつか五十嵐先生の作品も、遺跡になっていたりして…。」
焼き物でつくるということは、何十年、何百年、何千年後の未来に、五十嵐氏の作品が遺跡となり発掘される可能性だってあるのです。

手にとったもので次々に、叩いたり、削ったり、時には穴をあけたり。
くるくると楽しい制作風景が、目の前で繰り広げられます。

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実は今回、先生から連絡を受けた際に発せられた「特別な作品」という言葉に、「もしかして先生はこれで土の作品は最後にしようとしているのでは!?」と、私たちは小さな不安を感じていました。

しかし、これまで通り自由に土と対話し、遊びながら楽しそうに制作に打ち込む五十嵐氏に、そんな不安はいつの間にか溶けてなくなっていきました。

つくることは、生きること。五十嵐氏がつくることをやめるはずはないのです。



つくることに必要なものは、信楽工場にすべてそろっています。
初めて五十嵐氏が来られたあの日から、ずっと収集されてきた、おびただしい数の“道具”たち。

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今回は、過去に制作した自身のテラコッタ作品のサンプルを道具として使用する場面も。

  • 【これまで制作したテラコッタ作品のサンプル】 

ひとつは土の塊に振り下ろした瞬間、派手な音と共にバキッと割れてしまいましたが…

またまたそんなハプニングにも、
「失敗は全部、神様からの贈り物!」
そう言って五十嵐氏は、心から嬉しそうな顔を覗かせるのでした。

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3.大学のルーツを刻み込む ―アートを設置する意味

制作中盤、桃山学院のルーツとなるキリスト教の教えを作品に刻み込む意味で、桃山学院大学のチャプレンにご協力いただいて厳選された、チャペルの小物が作品に使用されました。

五十嵐氏の手で丁寧に刻み込まれていくチャペルの小物たち。
ひとつひとつ想いを込めて、今、この瞬間の記憶として作品にしるされていきます。

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  • 【刻み込まれたチャペルの小物の跡】 

「アートは、人それぞれが感じたことが正解で、不正解はない。そこが良い。受験勉強や日々の学業で、正解、不正解にさらされて生きている学生たちにとって、人によって正解が違うアートは、個を認める存在として大きな意味を持つと思う。」
共に五十嵐氏の制作現場を取材していた桃山学院広報室の山本氏からは、そんな言葉をいただきました。

どうやって作ったのだろう?これは何の跡だろう?
そう考えずにはいられない作品。見ているだけで楽しくなる作品。
こんなおもしろいことを仕事にしている人が存在する、ということが、学生たちへの励ましに繋がるのではないでしょうか。

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「うん、いいね。これでおしまい。」
サインを入れる作業に取り掛かる五十嵐氏。

え!?もう?
いつも五十嵐氏の制作はこんな感じで終わります。氏が言うには「はい、OKできあがり!」と、“土が教えてくれる”のです。

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あとの工程は、弊社スタッフの手に託され、乾燥、施釉、焼成をします。
作品の色は、清廉な印象を受ける白。
釉薬は薄めに吹き、土の素地の風合いを感じさせるのが五十嵐氏のこだわりです。
ところどころグラデーションになるように、釉薬の吹き加減を微調整します。その小さなこだわりが、作品全体のやわらかな雰囲気を生み出すのです。

後編へつづく

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