◆前回のレポート「toban×3D 技術の活用」はこちらから
■鮮やかな色彩やぬれ色、壁面の湿り気… 「発見当時」の「記憶」
凹凸の表現と同時進行で、高松塚古墳壁画が発見された当時の色彩や質感についても専門家の方々と検討を重ねました。
48 年前の壁画の色彩はどのようなものだったのでしょうか。
「当時の石室内は湿度がきわめて高く、光を反射する感じであった。」
「まるで壁画が汗をかいているかのようであった。」
「漆喰の状態が良い部分と悪い部分があった。」
ぬれ色の生々しさ、漆喰のざらざらした表情…
専門家の方々は壁画発見当時の様子を、約半世紀経った今もありありと覚えていらっしゃいました。
データと写真だけでは分からない(伝わりきらない)壁面の表情など、専門家の記憶をもとに、何度も試作と打ち合わせを重ねながら本製作に反映していきました。
■「データ」と発見当時の「記憶」から色をさぐる
製作のため、1972年の壁画発見当初に便利堂の協力により撮影された、女子群像全景とクローズアップの2 カットの画像データを特別に提供いただきました。画像データを詳細に検証しながらフィルムに入った傷の部分を補正します。また、画像データと新しく計測された3Dデータを合わせ、歪みがないかまで確認、調整します。
その画像をCMYK(青赤黄黒)の4色に分解(色分解)し転写紙の元となるデータを作成します。【写真1】
基本的に、やきものの絵の具の発色は焼き上げてみるまで分かりません。最終の仕上がりの色を想定し、発見当時の壁画の、色味の見本となる印刷物と照らし合わせながら、細かく調整します。
それを、やきもの用の特別な絵の具を使ってシルクスクリーンで刷り、転写紙を作成。【写真2】 凹凸のみ再現し一度焼成した陶板の上に、その転写紙を貼り付けます。【写真3】
転写紙を貼った陶板を再び焼き上げ、色の再現度合いを確認します。転写紙の色だけでは表現しきれない色彩を再現するため、技術者がさらに色を補っていきます。【写真4】
「赤い服の女子のスカートは、青色一色ではなく、青色と紫色である。写真では印刷しきれないが、陶板ではその色差を反映してほしい。」、「当時の黄色はレモンイエローのような色合い。」、「団扇の部分に黄色味を感じる、当時使われていた絵の具に黄色は含まれていないはず。」など、専門家しか知り得ない貴重な意見を頂き、何度も補色を行い、「発見当時の色彩再現」を目指しました。【写真5】
「(発掘当初の色彩、質感を再現することについて、)先生方も人によって壁画を見た時期や印象が異なり、指摘されるポイントが違ったため、先生方同士でも陶板で再現するためのポイントを協議いただきました。しかし、なかなか狙い通り発色せず、ポイントとなる部分の色の再現ばかりにこだわると、全体の印象が崩れてしまうため、全体と部分のバランスを見ながら色彩や質感を再現するのに苦労しました。」(担当社員)
■鮮やかによみがえった「飛鳥美人」
こうして出来上がった陶板は、凹凸表現の誤差1 ㎜以下の精度で仕上がり、専門家の方々に「生々しいですね。私が見ていた印象に近いですね、素晴らしいものができました。」「実物だと触れながら話したりなんかできないですからね。」「次は全面の壁画を陶板で見てみたいですね。」との感想を頂きました。
また、記者会見では、橿原考古学研究所の青柳正規所長から「陶板による複製は、発見当時のままの状態を保存でき、さらに公開することができる。劣化せざるを得ない文化財にとって、陶板に置き換えるということは大きな防御策。今回の複製陶板は、文化財の歴史において大きなインパクトを与えるものとなる。」と評価いただきました。
■貴重な文化財を陶板に置き換えることで生まれる新たな可能性
2020年3月、文化庁監修のもと、修復技術者や関係者の尽力により、高松塚古墳壁画の修復が無事に終わりました。しかし、原物は劣化の進みやすい漆喰の上に描かれているため、常設での展示公開は難しいとされています。
そのような中、48年前に保存された「記録」と先生方の「記憶」から再現した「陶板」も、発見当時の壁画の姿を伝える貴重な存在になり得るのではないでしょうか。
「セラミックアーカイブ」は、文化財の「今」を記録するだけではなく、文化財の過去を蘇らせ、後世へ伝え続けることができる。そんな陶板による複製の新たな可能性を、私たちは感じています。