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作家シリーズ

彫刻家・多田美波 〜しごとの軌跡〜  後編

2013/09/02

彫刻家・多田美波。

ー 受賞歴
1972 第4回日本芸術大賞
1979 ヘンリームア大賞
1980 第21回毎日芸術賞
1981 第6回吉田五十八賞
1983 芸術選奨文部大臣賞
1988 紫綬褒章
1994 勲四等宝冠章

 

 

光や周囲の環境を意識し、作品づくりをする事で知られています。建築と結びついた作品も多く、大きな作品を制作されるのも特徴です。また、素材の可能性を追求する制作活動を進め、ガラスやアクリル樹脂、金属をもちいた彫刻も多数制作してこられました。

今春オープンした、オリーブベイホテルのエントランスには、新作の陶板作品「瑞光」、ホテルアプローチには、彫刻「穹」(きゅう)を制作され、多田先生のその熱心な活動は変わりません。

そんな多田先生に、新作の事、制作の事、更にはものづくりの源にも触れ、お話し頂きました。また、大塚オーミ陶業で制作の作品を振り返り、大塚オーミ陶業との出会いや印象深い作品の事なども語って頂きました。

 

 

オリーブベイホテルの作品と制作の逸話

— 本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。「瑞光」も無事完成し、おめでとうございます。

本当に、みなさんによろしくお伝えください。ホテルのオーナーも「瑞光」を見て、大変喜んでくださいました。

  •  
  • 陶板レリーフ「瑞光」2013年 作品一覧 〈No.16〉 

2012年から新作の「瑞光」の制作が進められていた。レリーフをほどこされたこの作品は、多田先生の陶板作品として、先生が初めて油絵による原画を描きおろし、また、製作方法においても初めて転写紙を使用。

この作品は、建築家の隈研吾氏により設計された、長崎のオリーブベイホテルのエントランスを飾る。あふれる光と豊かな緑や水に包まれたロビー空間を彩る、爽やかで明るい様子の「瑞光」。今までの作品とは異なる、のびのびとして、大らかな色彩表現が印象的。作品寸法は、縦4.3m 横9mにも及ぶ大きさで、そのダイナミックさには圧倒される。


 

— ホテルがOPENし、実際に作品が設置された空間をご覧になってどのようなお気持ちですか?

本当に素晴らしかった。窓から、光が入ってくるでしょう?陶板のアール面に反射する光の効果で広い空を表現していました。私が油絵で描いたのと、大塚オーミさんで、しっかり納得して製作して下さったのと、周りの環境や自然と…、全てが一緒になり、本当に満足しています。

—「瑞光」をつくるきっかけとなった出来事はありますか?

何年か前、長崎空港から海を隔てて空を仰いだ時、夕焼けの空に、瑞雲がいくつもたなびいて、重なる雲の下が光り輝いている様子を見かけました。その時の感動や印象が強く残っていて、この長崎のオリーブベイホテルのお仕事を頂いた時に、あの光景を作品にしたいと思ったんです。それに、大変情熱家のホテルオーナーご夫妻のため、希望と努力と…、そういうもの全部を表したかった。気持ちや希望が湧いて来て、発展して行く、そういう姿の作品にしたかった。

— 久々の油絵だとお聞きしました。青色にはこだわったと伺っていますが。

油絵は50年ぶりですね。絵具は、ブルーだけでも20色ぐらい買って、全部チェックしました。それで、いい色だと思ったのは、日本的なブルーなんですよ。藍色などの、自然のね。そういう色を選びました。
焼き物で使うブルーは、また違う良さがありました。その辺がある程度わかりましたから、嬉しかったです。

— 陶板作品の原画に初めて油絵を選んだきっかけが、何かあったのですか?

きっかけがあったわけではありませんが、一度大きな油絵をレリーフの上に描いたように、重ねて見たかったんです。 

 

 

大塚オーミ陶業でのしごと

  •  

レリーフがあるもの、反対に鏡のように滑らかな仕上がりのものなど多様。色彩に関しても、鮮やかな色から渋みのある色まで網羅し、やきもの独特の表情も作品に取り込む。さまざまな表現を多用し、限りない陶の世界を自分の作品へ昇華してきた。

さらに、作品を設置する環境や、作品の取付けにも注意を払い、より心地よい空間づくりに手を尽くされる。

 

— 大塚オーミ陶業での最初の仕事を覚えてらっしゃいますか?

1983年の山陽放送ですね。

 

❖ レリーフ「潮彩」1983年 作品一覧 〈No.1〉

 大塚オーミ陶業での初めての作品「潮彩」(1983年)は、陶板とステンレスで構成され、山陽放送メディアコムの、岡山市のビルのエントランス空間を飾る。陶板の目地は、作品の構成に沿って目立たないよう検討された。

完成した「潮彩」の陶板を全て並べた姿を初めて見た、的場(現、弊社専務)は、そのボリュームに圧倒され、「うわ…、ごっついなぁ…」と思わず言葉をもらしたそう。

今から30年ほど前、その頃は、東京ディズニーランドが開園し、任天堂のファミリーコンピューターが発売されるなど、日本経済も加速を見せる時代だった。

私たちは、信楽工場に大型陶板専用の工場を完成させ、大型陶板を本格的に製作、販売を開始した頃。この大型陶板という素材を利用し、多田先生はその表現力で、今までに見た事のない陶作品を次々と生み出したのだ。

ちょうどこの時期から、大型陶板によるアート制作が世に知られるようになる。多田先生と、私たちが出会った頃は、大塚オーミ陶業に、大きな変革期が訪れた時だったのである。

この作品は、30年たった今も美しく輝きつづけている。

 

これもかなり苦労しましたけど、大塚オーミさんで初めてやりましたね。

— 松原に聞いたのですが、「潮彩」の作品の時に、初めてのことばっかりで大変だったと…。

もう、とてつもないことばかりお願いしました。松原さんもそこからずっとやってくださってるの?

— はい。…でもとても楽しかったと。とっても新鮮でよかったと申してました。

そうですか。おたくでもっともっと、おもしろい事をしたいと思っていました。

— 大塚オーミ陶業で制作の作品について、何か考えなどありますか?

陶板レリーフの場合は、やはり色を一緒に表現したい気持ちが強かったですね。

— 印象が強い作品は何でしょうか?

春日井市の庁舎に設置した作品は、印象深いですね。( ❖ 「レリーフ1・2」1990年 作品一覧 〈No.7〉 )これは、陶板一枚ずつ、ラスター釉の色が違います。非常にきれいな作品ができました。この作品、好きなんですよ。これで、だいぶラスターを勉強しました。

それと河内長野市庁舎の「天祥」( ❖「天祥」1988年 作品一覧 〈No.5〉 )は大作に全部ラスターで、成功したと思います。

それから帝国ホテル大阪。( ❖「昊彩」1996年 作品一覧 〈No.14〉)壁全体がアールですからね、大変でしたが、周囲もきっちり収めました。

  • 本レポートインタビューにて 

— 「昊彩」を拝見しました。設置壁の反対側にあるロビーへ誘ってくれるようなしつらえだと感じました。それに、作品がアールの形状で設置されているので、作品の前に立つと包まれているような印象もありました。
公共の空間に作品が飾られていると、作品との距離がとても近いので、特別な気持ちになりますね。

この「萌」は、村野藤吾氏の設計された学校に設置しました。 

 

❖「萌」1996年 作品一覧 〈No.15〉

テラコッタ素材での立体造形作品。この作品は、やきものの世界では古くからある、手びねり(ひも状にした粘土を練りあげていく手法。縄文土器もこの方法でつくられたとされている。)の技法で造形されている。

 

「文化庁芸術祭トロフィー」はどうですか?

— 毎年、信楽工場で製作しています。

 

❖「文化庁芸術祭トロフィー」1995年〜 作品一覧 〈No.12〉

多田先生は、鋳込み技法(泥しょう〈水気の多い粘土〉を型に流し込んで造形する手法)での立体造形作品にも取組む。1995年から採用されている「文化庁芸術祭トロフィー」は鋳込み技法を利用した作品。やきものと思えないほどのシャープな形状で、表面には金彩、銀彩がほどこされている。
現在もトロフィーの制作は続いている。

 

特別なラスター釉

— 多田先生の陶板作品の特徴の1つ「ラスター釉」にはどういう印象をお持ちですか?先生にとっては、やはり特別ですか?

やはり特別です。ラスター釉の色が使いたかったんですね。

 

❖ラスター釉

大塚オーミ陶業で制作している 多田先生の陶作品の特徴の1つに「ラスター釉」の表現がある。「ラスター釉」とは、やきものの表面にかける うわぐすりの1種で、真珠のような虹色の光彩が発色する薬品のこと。多田先生の作品をきっかけに、大塚オーミ陶業もラスター釉の開発を始める。

光のあたり方でいろいろな表情を見せる「ラスター釉」。多田先生は、たくさんある発色から「これぞ!」という、自分の表現に適う「ラスター釉」を厳選。多くの勉強を重ね、作品へと昇華させていった。大塚オーミ陶業で制作の作品には、すべてラスター釉が使われている。

 
 

作品や空間に対する考え方

— 先生は寸法の大きな作品が多いですが、作品寸法に対する考えはありますか?

大きいものが好きですね。(笑)彫刻でも自分の体より大きい作品を好みます。

— では、公共の空間と作品との一番素敵な関係はどのようなものですか?

リーガロイヤルホテル大阪のような天井光造形も制作しましたが、それは関連する空間全体を1つの芸術的環境にするという方法です。雲のイメージで表現しました。

— 建築関連の作品を制作するようになったきっかけは何ですか?

名古屋の中日ホールの作品です。

— では、壁面の作品をはじめたのが、この1966年制作の「光壁」が最初ですか?

そうです。この作品を制作していた時は、アクリルを研究していた頃でした。今はもう、消防法の関係で、このような作品はつくれませんね。

 

 

多田美波の人となり

— 先生はすごくお元気ですが、元気の秘訣は何ですか?

しごと。仕事しないと、体悪くしますよ。(笑)

— 今日お召しのネックレスは珍しいですね。

自然の作品です。デンマークの美術館に招かれて行った時、迎賓館のようなところに泊めて頂いたんです。海岸がすぐそばにありましたので、朝、そこで石を拾いました。それでネックレスに。ちゃんと穴があいていたんですよ。

— ダイヤモンドのようなものではなく、こういうものがお好きなんですね。

そうですね。蜻蛉玉なども好きです。やはり、つくられたものがいいですね。

—先生にとって、作品とはどんな存在ですか?

やはり、心のかたらいです。こういう仕事を取られたら、生きている喜びが無いと思います。


 

ものづくりの源

— では先生、美意識の根っこにあるものは何でしょうか?どういう事に美しいと感じますか?

私はやっぱり、海とか空とか、自然がものすごく綺麗だと思いますし、素晴らしいと思います。そういうものが元になっていますね。最初にそう感じたのは、3歳ぐらいの時だと自分で記憶しています。

— 子供の頃のお話しを聞かせて頂けますか?

小さい頃から絵ばかり描いていましたが、幼い時から何かつくることが好きだったんですね。父がやはり、つくるのが好きでした。技術者でしたから。母も女子美だったんですが、母には色を教わりました。

じっとしている事はなかったそうです。職人さんが仕事をしている所へ行って、半日くらい作業を見ている事もありました。そうすると、「何見てるんだ?」って職人さんが声を掛けて下さるんですよ。それで、直接色々と教えてもらいました。自分で「わかりたい」と思う気持ちが強かったです。

— 彫刻を始めたきっかけは何でしょうか。

昔、子供の本に、紙の切り抜きを組立てるおまけが付いていました。私には、姉がいましたが、「あたしの方が上手だから作ってあげる」って、全部取り上げてやらせてもらえなかったんですよ。それでも、「私は面白いことやろう」と思ってね、そのおまけの残りを持ってきて、切って、組んだり…。その時が、私の彫刻の始まりでしたね。

 

これから

— それでは、今後挑戦したい作品は何ですか?

ステンレスやガラスでも、まだまだ色んな事がやりたいです。陶板では、ラスター釉の色を使った作品をつくりたい。春日井市の庁舎で制作した作品のような陶板で、もう少し大きい作品を制作したいという希望がありますね。

 



伝えておきたい事

何でも心に描いたものを形に創ってみる事は楽しいものです。その作品を見て更に新しいイメージが湧いてきて、永遠に創る楽しみは消えることがありません。

想像の喜びは我々人間にのみ与えられた、何ものにも代え難い物だと思います。

— 長時間にわたり、本当にありがとうございました。是非また信楽工場へ陶板をつくりにいらっしゃってください。

私、もう、仕事の鬼ですから!又、次に伺うのを楽しみにしています。
どうぞ皆さんに、よろしくお伝えくださいね。

おわりに

「そうですね。30年、たったんですね。」インタビューの時、私たちはそう答えました。多田先生も私たちも、こうして振り返るとやはり驚きました。インタビューでは、多田先生の素直なことばと制作に対するこだわりや真っ直ぐな気持ちを聞かせて頂く事もできました。

多田先生との出会いから今に至るまで、先生との交流、その全てを知る社員は、そう多くありません。今回レポートを作成する機会を得、こんな偉大な作家と、長きに渡りおつきあいをさせて頂いた事、恥ずかしながら、改めて理解し、光栄に感じることができました。

今回の制作でも、先生のひたむきな姿を拝見させて頂き、胸を打たれる思いが致しました。最新作「瑞光」の最終検品の折には、多田先生より「ありがとう」と言って頂けた事は、何より有り難く、嬉しい言葉でした。先生の「職人を信じる」という心が、弊社 職人の力になった事は言うまでもありません。ものづくりは、「心と心が伝わって、はじめて良い作品と笑顔が現れるものなんだ」と再認識いたしました。

これまでにも多田先生は、陶板をもちいて、たくさんの作品を制作してこられました。しかし、今回の「瑞光」は、恐らく30年前には創れなかった作品なのではないかと感じています。今の多田先生にしか創れない作品であり、そして私たちにとっても、長い時間をかけて培ってきた、先生との関係により製作できた陶板作品ではないかと考えています。「瑞光」の誕生により、陶板の可能性が尚、広がったと予感しました。

今回、「瑞光」の製作、レポート発行に際して、多田美波先生はじめ多田美波研究所のご協力、写真提供を頂き、厚く御礼申し上げます。

次は一体、どんな作品がどんな空間を彩るのか? 次の製作が、今からとても楽しみです。

 

多田美波先生に敬意を表して。

  •  

「私は、建築空間を芸術環境にしたい。もう、それだけです。」

 

 

 

 

 

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■2014年3月20日 多田美波先生  ご逝去

多田美波先生のご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
制作された陶板作品は色褪せることなく、時を超え、先生の想いを伝え続けます。

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協力:多田美波研究所
多田美波研究所Webサイト http://www.tada-ken.co.jp/

※当レポート内の画像及びその他内容の無断転載・転用を禁じます。

PDF:彫刻家・多田美波 〜しごとの軌跡〜 後編(2.9MB)

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