― 本製作のための様々な準備・検証 ―
■解体されたレリーフを前に
現代の感性をもって、「牧神、音楽を楽しむの図」を新しいレリーフとして再製作する。それは何をもとに具現化していけばよいのでしょうか。
レリーフの製作監修は、旧レリーフ制作時のリーダーであった建畠覚造氏の長男である彫刻家・建畠朔弥先生とその仲間の鷹尾俊一先生のお二人にお願いすることが決まっていました。しかし、監修の先生方も私たちも、これほど大きなレリーフを製作することは、初めての経験です。どこから手をつけてよいものか、私たちは悩みました。
「モノを前にして、顔合わせをしましょう。それから考えましょう。」
施主の言葉により、運び込まれた旧レリーフを前にして3者(施主、監修者、当社)が初顔合わせをし、意見交換を行うことになりました。その中で、旧レリーフの制作の元となった実物の1/10模型(=マケット。以下、マケット)も現存することがわかり、工場に運び込まれました。
お互いの自己紹介が緊張の中で行われた後、すぐに旧レリーフの保管場所へ。圧倒的な迫力をたたえた実物を前にすると、監修の先生方の気持ちがみるみる高揚してくる様子がわかりました。
▶当社信楽工場の製作スペース。奥に旧レリーフ6体、手前に新レリーフ6体を敷き並べるヤードを確保し、高所から見比べながらの製作が可能となった。
「この荒々しい表面テクスチュアはどんな道具を使ったんだろう。」、「この稜線は非常に彫刻的だ。」、「この笛の目地はどう見てもおかしい。」、「取付のときに最後の調整で合わせたんだね。」、「けれど、かなり計算立てて作られている。よくできているよ。」
などという言葉が次々と出てきました。
▶旧マケットは、神戸朝日ホールホワイエ壁面に今も設置されている。
写真左から、建畠晢氏(当時:国立国際美術館館長)、監修者の建畠朔弥先生、鷹尾俊一先生(ともに日本大学芸術学部で教鞭)、弊社工場長の的場
▶左から、建畠晢氏(当時:国立国際美術館館長)、監修者の建畠朔弥先生、鷹尾俊一先生(ともに日本大学芸術学部で教鞭)、弊社工場長の的場
▶表面のテクスチュアに汚れがたまり、荒々しさが際だつ。
■一年にも及ぶ検証・準備
一方、私たちはメーカーとして製作するにあたり、「新レリーフの形状の基本となるもの」「大きさ(全体、1ピースの大きさ)」「製作手法」「色目(釉薬表現)「表面テクスチュア」「目地割」など、検討すべき項目を列挙し、それぞれの項目ついて手法の検討、試作を含め、段階的に進めていくことになりました。特に今回のような大きなプロジェクトにおいて、こうした準備期間を設け、ひとつひとつ解決することが大切だと、私たちは考えたのです。
旧レリーフ実物を前にそうした説明を行ったところ、施主も監修の先生方もすぐに理解を示して頂きました。きっと大変な作業になるだろうということを予測されたのでしょう。こうして一年にもおよぶ本製作へ向けての準備・検証が行われることになったのです。
▶旧レリーフの表面を洗浄。水、酸洗いを行うことにより、当時の鮮やかな濃紺色が甦った。
▶旧レリーフ、旧マケットとも、各ピース、各箇所ごとに、縦・横・高さの測量を行う。計測した数値をデータ化し、図面へ反映させ検討した。
■基本形状と大きさの決定
旧レリーフと旧マケットの検証の結果、外観形状と大きさは旧レリーフを基本とすることになりました。旧マケットはあくまでも習作であり、旧レリーフが作品であるとの考えからです。但し、厚み(高さ)については、旧マケットを基準とすることにしました。なぜなら旧レリーフは、壁面に設置された後に、周囲のタイルが貼られたため、旧マケットで想定した厚みが生かされていなかったのです。また今回製作するレリーフは、旧レリーフよりも高い場所に設置されるということからも、厚みを出し、より存在感のあるものに仕上げていくことになりました。
▶レリーフ各体につき、直上から撮影を行う。牧神3体については、一度で収まりきらないため、分割した写真を合成し全体のフォルムを捉えた。
▶旧レリーフと旧マケットの形状を図面化。比較を行うとそのアウトラインの違いがよくわかる。
■マケット製作と目地割検討
これほど巨大なレリーフを作り上げ、なおかつ壁面に設置するとなると、マケットを基に単純に10倍にしたものを作ればよいというわけではありません。旧マケットと旧レリーフは形状や各パーツの高さなどが微妙に異なっており、マケットから目指す大きさに拡大して作ることがいかに難しい作業だったかを物語っていました。
焼き物は、形を成形したあと、乾燥・焼成を経る間に約1割収縮します。形状によっては、収縮差により、思わぬ方向へと歪みが生じてくるのです。
またレリーフには、マケットにはない目地が入ります。焼き物は、焼成できる1ピースの大きさに限界があるため、例えば牧神のレリーフ一体を製作するには、大体80〜90ピース程度に分割する必要があります。ピースに分けることによって出てくる継ぎ目を目地と呼び、大きなレリーフになればなるほど、そのピース数は増え、目地も増えるということになります。監修者からは、「レリーフに入る目地は、それ自体が意匠であり重要である」、との意見もでました。目地をどのように割っていくかは、レリーフ全体の印象に影響を与えるのです。
▶先の調査で作成した図面と高さのデータを元にマケットを製作する。先生方にマケットの監修と最後の仕上げを行っていただく。
当初は旧レリーフが制作された時と同様に、1/10のマケットを製作し形状を確認する予定でしたが、今回は1/10を製作した後、さらに1/5のマケットを製作し、目地割と製作手法の検討を行うことになりました。(※図1)
■色目(釉薬表現)と表面テクスチュア
色目に関しては、レリーフ周囲のレンガの色目も考慮した結果、旧レリーフと同様の濃紺で進めることになりました。しかし、同じ濃紺と言っても、レリーフ表面のテクスチュアの違いや、光の加減などによって色目の見え方は大きく異なってきます。たくさんの釉薬試作とテクスチュア試作を行い、方向性を検討し、選択肢の幅を広げ、本製作に臨む準備をしていきました。
▶様々な釉薬試作とテクスチュア試作を行い、その見た目、表情を検証する。
協力(敬称略):
朝日新聞社/朝日ビルディング/建畠朔弥/鷹尾俊一/建畠晢/日建設計/竹中工務店
https://www.festival-city.jp/
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